子どものコロナストレス

武漢でのコロナ騒ぎは昨年から。そして日本で感染防止に乗り出したのは今年の3月くらいからか。騒ぎが起こると、子どもの情報は消える。そんなことを思いだしたのは昨日今日の新聞各社が、コロナによる子どものストレスを相次いで記事にし始めたことから。いよいよ、ある段階、飽和点のようなものを超えたのだろうかと感じた。しかし、見るべき記事はなかった。

3.11直後に被災地を回ったことについては何度かここでも書いた。3月の下旬、被災地の児相長にも何人かお会いした。残念ながら子どもの現状把握については他人事だった。5月の連休明けになれば学校も始まるだろうから少しは分かるかも知れません、というコメントだった。おいおい、それでは学童前の子どもはどうなるんだ、と声には出さないが思っていた。

今回のコロナでも、学校給食のことや授業のソーシャルディスタンスが話題になるほか、あまり掘り下げた話題に乏しかった。もちろん事件のいくつかは報じられた。母親が育児を放棄して男友達と旅行に行ってしまったことや虐待についても。

しかし子どもに関する記事量は圧倒的に少なかった。コロナ感染防止の難しさで一喜一憂してみたり、マスク配布のニュースとか。

さあ、ある種の飽和点を超えて、子どもに関するさまざまな情報が報じられる時代となってほしい。